第3章 キミが居た場処-1

 

 屈伸運動をし、両足のアキレス腱を伸ばすと、柊は早朝でまだ気温の上がっていない五月晴れの空の下へ走り出した。

 市内を流れる水路のせせらぎに心洗われながら、繁華街とは逆の城址公園を目指す。途中には灯里や繭里とともに通った中学校もある、懐かしいルートだ。新緑の街路樹が朝陽を受けて、青空と眩しいほどのコントラストを描いている。

 ゴールデンウィークの後半、7歳上の兄、そうの結婚式に出席するために、柊は帰省していた。奏は今年31歳になる県庁職員で、義姉となる咲は2つ下の保育士だ。堅実で明るい夫婦になるんだろうな、と結婚式に出席して柊は思った。

 

 平凡な幸せが一番なのに。

 なぜ、灯里はこんなにも辛い人生を強いられるのだろう。

 想うのは、故郷に帰ってきても、いや幼い頃から共に過ごした故郷だからこそ、ずっと見つめてきた灯里のことだ。

 

 斜め向かいに住む、小さな可愛らしい姉妹を知ったのは幾つのときだっただろう。

 気がつけば、いつも一緒に遊んでいた。年の離れた兄を持つ柊にとっては、灯里と繭里がむしろ兄弟姉妹のようにとても身近な存在だった。

 最初の鮮明な記憶があるのは、柊と繭里が5歳、灯里は小学校に上がった頃だ。ランドセル姿の灯里がお姉さんに見えて、小学校から帰ってくるのを繭里とふたりで楽しみに待っていた気がする。

 灯里が帰ってくると、近所の同年代の子供達と鬼ごっこや隠れんぼをして遊んだ。

小学生時代の灯里は背が高い方で、足がとても早かった。灯里と同級生の男の子でも、鬼ごっこではなかなか灯里を捕まえられなかったから、2つ下でまだ5歳の柊にはいっそう手強い相手だった。

その日は散々走って、これが最後にしようと言った鬼ごっこで、柊が鬼になった。

 

 柊が最初に狙いを定めたのは、繭里だ。繭里は、すらりと手足の長い灯里と対照的に小さくて、ふっくらと女の子らしく足が遅かった。動作もおっとりしているから、最初に標的にされやすいのだ。目の前を懸命にパタパタと走る繭里に、柊はすぐに追いついた。

「繭里ちゃん、捕~かまえたっ」

 そう言って伸ばした柊の手を必死でかわそうと身を捩った繭里が、その拍子につまずいて転んだ。

「あっ」

 大丈夫?と柊が言うより早く、灯里が文字通り風のように疾走してきた。

「繭里ちゃん、大丈夫?」

 自分が捕まるのもいとわずに駆け寄って、灯里は繭里を助け起こした。

「お姉ちゃん」

 繭里が灯里に助け起こされて、嬉しそうにえくぼを浮かべて笑う。膝小僧がちょっと汚れていたけれど、血は出ていない。それを確認した灯里も、ほっとしたように笑顔になった。

 

「ああ、よかった」

「うん、でも繭里、捕まっちゃった」

「うん、あたしも」

 そう言って自分の方を見た灯里に、柊は言った。

「灯里ちゃんは、まだ捕まえてないから。もう一度、逃げていいよ」

「でも、そうしたらあたし、なかなか捕まんないよ」

 そう灯里が言ったけれど、柊はその頃から片鱗を覗かさていた頑固さで言った。

 

「大丈夫。僕、灯里ちゃんを絶対捕まえてみせるから」

 だけど灯里は柊の手を取って、おどけながら言ったのだ。

「あ~あ、捕まっちゃった」

 柊は、その灯里の優しさが少し不満だった。

 僕は、ちゃんと捕まえられるのに。灯里ちゃんを、正々堂々と捕まえたいのに。

 そんな柊の気持ちを知らない灯里は、大きな声で叫んだ。

「みんな~、今度はあたしが鬼だよぉ。捕まえちゃうぞぉ~!」

 そしてまた風のように軽やかに駆け出すと、他の子供たちをあっという間に次々と捕まえていった。

 いまなら、と柊は思う。

 僕は捕まえるよ。灯里を正々堂々と、そして決して逃がさない。

 

 

✵ ✵ ✵

 

 ゴールデンウィーク後半の初日、3日はダンススタジオの発表会だった。子供から大人まで、バレエからジャズダンス、ヒップホップ、ソウル、ブレイクダンスなど多彩なクラスが出演し、これまでの練習の成果を競っていた。

 シンジのクラスからは3曲、そのうちの1曲はやはりカオルが主役だった。後の2曲のうち1曲は、メインダンサーの5人の中に、シンジはあの女子大生のうちの一人を抜擢していた。

「なんで、一人だけ?」

「ま、見ててみな。ほかの2人がどうするか」

 発表会までは相変わらず3人いつも一緒だったが、その関係性がなんとなくギクシャクしはじめているのを灯里は感じていた。

 今回も灯里は、発表会に出なかった。出たのは大学時代の2回だけ。カオルに散々誘われたが、集中練習にあまり参加できないこともあって、やはり断った。無心に踊るのは楽しい、でもスポットライトは少し苦手だから。

 発表会の最後は講師たちのダンスもあって、同じストリート系の2人と組んだシンジのダンスが圧巻だった。スタンデイングオベーションをする他の観客と共に、灯里は惜しみない拍手を贈った。

 

 発表会会場から出て、夕暮れどきの5月の街を歩きながら、故郷へ帰っている柊のことを思った。

 結婚するという柊の兄は、年が離れているせいかあまり交流した記憶がない。でも最後に見かけたのは奏が大学生のときで、柊と同じくとても背が高かい人だった。顔も似てはいたが、どちらかといえば父親似で男っぽく、母親似の柊の方が中性的だと思う。

 

 そう言えば、柊と繭里と3人で捨て犬を拾ったのは、こんな瑞々しい初夏のことだったと灯里は思い出した。たまたま一緒になった小学校からの帰り道、「近道をしよう」という灯里の提案で本当は禁止されているお屋敷街の裏道を通った。雑木林の傍を通り過ぎようとしたとき、か細く弱々しく鳴く動物の声を訊いた。

「何?」

「犬かなぁ?」

 柊と灯里がそう言って雑木林の中へ入ろうとすると、怯えた眼をした繭里が言った。

「怖い動物じゃないよね?」

「じゃ、繭里はそこで待ってる?」

 そう言う灯里に、繭里は頭を振った。

「独りで待ってるの、怖い。一緒に行く」

 そんな繭里の手を引いて、灯里と柊は雑木林へ入っていった。進むにつれ、そのか弱い声はそれでも大きくなる。湿った雑草を分け行った木の根元に小さなダンボールが置いてあって、3人は恐る恐る中を覗いた。

 

「子犬だっ」

 繭里が嬉しそうな声を上げる。

「可愛いっ」

 情けなさそうに3人を見上げながら震える、茶色の塊に灯里も言った。

「可哀想に、雑種かなぁ?」

 ダンボールの傍に柊がしゃがみこんで、子犬の頭を撫でた。キイュ~イと可愛い声でまた鳴く。

「どうする?」

 柊の隣に灯里もしゃがみこんで訊ねる。

「どうするって…どうしよう?」

「飼いたい!」

 無邪気に提案する繭里に、灯里は言った。

「ウチじゃ無理。お祖母様が許さないよ」

 

 お客様に飲食を提供する料亭を営んでいるために、祖母のリツは犬猫はもとよりウサギや小鳥、亀など全てのペットを飼うことを禁じていた。その決定は絶対で、幼い孫達がどんなに頼んでも、首を縦に振ってはくれなかった。繭里にいたっては立場的に、リツを怖いお祖母様と思っているので、絶対的存在を匂わしただけで首を竦めてしまった。

「柊ちゃん」

 繭里がお願いのポーズを取って、可愛く首を傾げる。灯里もそれに習って、柊を見つめる。

「え~っ!」

 仲の良い、大好きな幼なじみの姉妹にお願いされて、柊は思わずそう言って頭を抱えた。

 

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