第2章 彷徨う魂たち-4

 

 

 電話を終えたらしいカオルと一緒に、シンジが入ってきた。

「ワリぃ、待たせて。やっと、あいつらから解放されたよ」

 シンジが来たタイミングで、灯里たちはテーブル席へ移動した。

「ねぇねぇ、シンジ。アレンと、あのバーテンダーさんと灯里、知り合いだったんだよ」

 早速、カオルが報告している。

 

「知り合い、どんな?」

 驚きつつ、ぶっきらぼうに訊くシンジに灯里は答えた。

「知り合いってほどじゃないの。いま働いている大学の学生さん」

「灯里ったら、それだけじゃないじゃん。灯里の幼なじみの友達って言ってたじゃん、アレン」

 カオルは宣言通り、もうすっかりアレンと呼び捨てする気安さだ。

 

「幼なじみ?」

「うん、その幼なじみと大学で偶然、再会したらしいよ」

 正確に言うと、再会したのは男に絡まれていたのを助けてもらった夜だけど、と灯里は思う。

「ドラマチックでしょ?」

 とカオル。

「ドラマチックな話なのか?」

 そう訊ねるシンジに、灯里は興味なさそうなフリをして言った。

「全然」

 

 そこへ注文を取りに来たアレンが言う。

「お飲み物は?」

「カンパリソーダ」

 シンジが憮然とした表情で、アレンを見ながら言った。そのシンジの視線に、アレンの眼も心なし険しくなる。

「初対面で、何に睨みあってるのぉ?」

 カオルが男たちの間で手をひらひらさせながら言った。そのカオルにアレンは笑顔を見せると、今度は灯里を見てぼそっと言う。

 

「なるほどね」

「なるほどって、どういう意味だ」

 シンジが相変わらず憮然とした表情で訊くのを、今度は灯里が笑顔で遮った。

「なんでもないよ。シンジ、食べ物は?」

 まだ胡散臭そうにアレンを見るシンジに代わって、カオルが答える。

「オニオンサラダとムール貝のワイン蒸しがいいなぁ。灯里は?」

「シンジは、何がいい?」

「灯里が好きなものでいいよ」

 

「パスタとビザだったら、どっちがいい?」

 そう訊ねる灯里に、カオルが答える。

「パスタ!」

「じゃあ、ピザ。マルゲリータ」

「なによぉ、シンジ」

 カオルがむくれる。その表情が可愛くて笑ってしまう。

 アレンも思わずにこりとして、オーダーを繰り返して確認すると去っていった。

 

 アレンが去ると、カオルが訊いた。

「ね、なんかあったの?あたしがいない間に、アレンと」

「別に」

「にしては感じ悪かったな、アイツ」

 まだ少しこだわりながら、それでもシンジはその場の雰囲気を変えるように明るく言った。

「気にすんな、灯里」

「え、あたし?大丈夫、全然気にしてない」

 アレンの誤解は、本当に灯里にとってどうでもいいことだった。それより気になるのは、さっき蹴られたカオルの足だ。

 

「それより、カオル。足、大丈夫?」

「おお、そうだ。大丈夫だったか?」

 やっぱりシンジも見ていたのだと、灯里は思った。

「痛かったよぉ。あんにゃろ、ワザと蹴りやがって」

「見せてみろよ」

 シンジがカオルの足を心配そうに見ながら言う。

 

「ん」

 と素直にレギンスをまくりあげたカオルの細い足が、早くも紫色になっていた。

「ひでえな」

「骨とか、大丈夫だよね?」

 灯里も心配になって、カオルの足にそっと触れる。

「まあ、腫れてはいないみたいだから、骨は大丈夫だろ。しっかし、無茶すんなぁ、近頃の女子大生は」

 

 カンパリソーダが運ばれてきたので、3人はあらためて乾杯をする。

「でもさ、なんでこんなこと?」

 そう訊ねる灯里に、カオルが答えた。

「目障りだったんじゃないのぉ、あたしが。だって廊下ですれ違うとき、わざわざ聞こえるように話してたもん、あの3人」

「なんて?」

 

「『なんかシンジ狙い?』『やだぁ、オバさんのくせに?』『ちょっとばかし上手いと思ってる?』だって。アホかって思った」

「嫉妬だな」

「バッカじゃないの。そりゃ、あの3人だって上手いと思うけど、それでカオルに嫉妬したり陰険なことするのは間違ってる」

 憤慨してそう言う灯里に、シンジは言った。

「上手いって言ったって、カオルとじゃ雲泥の差だ。あの3人、大学でダンス・サークルらしいんだけど、その中で上手くたって井の中の蛙だよ。まず、踊りが荒い、自己流すぎる。基礎がきっちりしてるカオルや灯里の踊りを見て、悔しかったんだろうな。だからって、性格悪いよ」

 

「カオルはともかく、あたしは基礎なんて全然」

「やだ、灯里。次はあんただよ、気をつけないと」

「まさか」

「いや、カオルの言うとおりだ。あの3人がときどき睨むようにして見てたの、カオルだけじゃないぞ。さっきだって『なんでシンジ先生は、あのオバ…じゃなかった、お姉さんたちと仲いいんですかぁ』だってさ」

「オバさんて、3歳くらいしか違わないじゃん!」

「いや、カオル。ムカつくの、そこじゃないし。それにあたしは6つくらい上だろうから、オバさんて言われてもしょうがないか」

「お前ら、ふたりとも、食いつくのはそこじゃないだろ」

 

 サラダとムール貝が運ばれてきた。

「わ、ありがとうぉ。いい匂い、おいしそうだよ、灯里」

「訊けよ、カオル」

 そう言うシンジに、カオルはフォークに指したムール貝を差し出す。

「あ~ん」

 シンジがそれをぱくりと食べて、あち、と言った。

 

「でも、シンジがもう一つの理由かもね」

 カオルが急にマジな顔になって言った。

「俺?」

「うん。シンジ狙いは、むしろ彼女たちじゃないの?」

「それ、ないだろ。3人いるし、ヘタしたら仲間割れになるだろ」

「恋愛じゃなくて…ほら、もうすぐ発表会だから」

「ああ。眼をかけてほしいってこと?」

 カオルの言葉に、灯里はすぐにピンときた。

 つまりはシンジのクラスから、トップダンサー扱いで出たいってことなのだ。

 

「なんだよ、そっちかよ」

 明らかに落胆したシンジに、今度はカオルと灯里が突っ込む番だった。

「あれぇ、シンジ、凹んでるぅ?」

「もしかして、あわよくばって期待してた?」

「ば、バカ。してねえーよ」

 ピザを持ってきてくれたアレンに、カオルと灯里はまたジントニックを頼んだ。

「カオル、こないだみたいに飲み過ぎんなよ。もう、送らないぞ」

「了解~っ!」

 

 女子大生たちのことを除けば、楽しい夜だった。

 カオルはやっぱり飲みすぎて、途中から潰れて、小さなテーブルに器用に突っ伏して寝ている。

「でも、シンジ。あたしたち、あんまり一緒に飲みに行かない方がいいかもよ」

「気にすんなよ」

「あの3人だけじゃなくて、ほかの生徒だってどう思ってるかホントのところはわからないなって、今日あらためて思ったもん」

「発表会が終わるまでは、控えとくか」

「うん。カオルは残念がるだろうけど」

「お前は?」

 シンジが冗談めかして訊いてくる。

「もちろん、残念だよ。そんなことでって思うけど。シンジだって、講師の立場があるし」

「心配してくれてんの?」

「心配だよ、シンジも、カオルも」

 カオルも…か、とシンジが呟きながら頭を掻いた。

 

「ところで」

「うん」

「こいつ、どうする?」

 今日も予想通り潰れてしまったカオルを、シンジと灯里は兄と姉のような気持ちで見つめた。

「今日は、あたしが送っていく。あんなことがあった後だし、シンジじゃない方がいいよ」

「悪いな」

「悪いのは、この酔っぱらいだから」

「だな」

 

 会計を済ませ、ふにゃふにゃしているカオルを無理やり起こすと、シンジに見送られて灯里はカオルを連れてタクシーに乗った。

「じゃな、気をつけて」

「うん、シンジ、また」

「ふぇ~い、シンジぃ~。おやすみぃ~」

 自由奔放な酔っぱらいをなだめるように胸に抱きかかえて、灯里はドライバーに行き先を告げた。

 そして「灯里がいてくれないと両親に説教される」というカオルの懇願に負けて、灯里は結局その夜、カオルの家に泊まることになってしまった。

 柊が、灯里のマンションの前でずっと待っていたとも知らずに。

 

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 意味:前〇でも愛撫でも、してもらうだけではダメ。

    ちゃんと相手にも同じくらい気持ちよくなってもらうコト、という

    もっともな教え。

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