連休最後の午後、灯里は料理に励んでいた。遅く帰った日も簡単に晩御飯の用意ができるストック料理と、お弁当にも便利な常備菜づくりだ。
まず大量の挽肉を使って、ミートボールとそぼろを作る。ミートボールは焼いて小分けにして冷凍しておけば、デミグラスソース味やトマト味の洋風はもちろん、甘酢の中華風にと使いやすい。野菜と煮込めば胃と心に優しいスープになるし、焼き豆腐と煮込んでもおいしい。
そぼろは炒り卵と2色のそぼろご飯にしたり、あらかじめ味つけしてあるので麻婆豆腐にしたり、野菜炒めにしたりと使い勝手がいい。ササミも大量に蒸し、半分は細く裂いて冷凍しておく。サラダにしたり、あんかけの具にしたり、チーズを乗せて焼けくだけでも1品になる。
常備菜は切干大根や、人参とツナの煎り煮、いろいろキノコのマリネ、おから。おからは水ではなく、牛乳を入れて炊くと自然な甘さで上品な白さに仕上がる。
何も考えず無心になれる料理を好きになったきっかけは、お弁当づくりだった。
高校生になって、それまで給食だったお昼がお弁当になった。
仲が良くなったばかりの友達3人と机を合わせて、お弁当を開けた灯里は、すぐにパタンと蓋を閉めた。
「ん?どしたの、灯里?」
と訊かれて、灯里はちょっと…と口ごもった。
「なんか、変なものでも入ってたの?」
変なものどころか、プロの板前がつくったお弁当は、松花堂弁当かと見紛うほどの豪華さ美しさだった。目の前に開かれている、それぞれ母親の愛情あふれる手づくり弁当とは明らかに違う。灯里は、変な汗が出る。
「どうしたの?」
友達3人が心配して、食べはじめるのを待ってくれているので、灯里は観念した。
「う、うゎあ~、何?この凄いお弁当?誰がつくったの?」
友達が皆、目を丸くして驚いている。だから正直に、自分の家が料亭であること、そこで働く板前がつくったことを白状した。
「なぁ~んだ、そうなんだ。灯里ったら、どこのお嬢様かと思ったよ」
それから、灯里は自分のお弁当くらい自分でつくろうと決心した。
リツに言うと、あっさり承諾してくれた。
「あなたも、そろそろ料理くらいつくれるようにならないと。良い機会です」
初めは卵焼きとウインナー以外は、板前が届けてくれる煮物や和え物等でなんとか形にしていたが、もともと嫌いではなかったのだろう。灯里のお弁当づくりは、どんどん上手になっていった。忙しい朝に短時間でつくるコツも覚え、リツに味見してもらったりもした。
「少し味が濃いけれど、お弁当にはいいかしら」
「全体の彩りが悪いわねぇ。料理は目で楽しむものでもあるのだから、そこにプチトマトでも入れてみなさい」
「冷めたときにおいしいかどうかを考えないと。あと、時間が経って色が悪くなるものは入れないほうがいいわね」
そんなアドバイスもしてくれて、祖母と孫らしい会話が灯里は嬉しかった。
「でも、血筋なのかしらね。やはり、センスがいいわ」
とリツが遠い目をしてぽつりと言ったときは、不思議な気持ちになった。
血筋?それはきっと板前の父のことだろう。でもセンスって言葉がなんだか父には似合わないな、と思ったけれど。
そんなある日、日曜日の夕方にいつものようにリツと灯里の夕食が、厨房から届けられた。
「灯里お嬢さん」
そう声を掛けたのは、いつもの見習いの板前ではなく勝哉だった。
リツが灯里と勝哉の許婚の件を発表してから、若い修行中の板前ではなく、ときどきこうして勝哉が夕食を届けてくるようになった。
それがリツの差金だとわかっているだけに、灯里の心が沈む。それでも無理に笑顔をつくって、灯里は勝哉にお礼を言った。
「こちらは温め直ししなくても、そのままで。こっちはお酒を振りかけて、小鍋でゆっくり温めてください」
いつものようにそう教えてくれながら、勝哉は大きめの配膳箱に入ったそれをダイニングテーブルに置いた。
普段ならそれで厨房に戻るはずなのに、今日に限って勝哉は何か言いたそうにしている。灯里が怪訝そうな表情を浮かべると、少し照れた表情で勝哉が紙製の手提げ袋を差し出した。
「これ…」
「?」
「休みの日に街に行ったら、可愛らしかったんで」
そう言って、戸惑う灯里にそれを押しつけるように渡すと、勝哉は逃げるように戻って行った。
赤いリボンがついた包装を解き、小さな箱を開けると、そこには花を繋いだ可愛らしいペンダントが入っていた。
ふぅ、と灯里はため息をつく。困ったな、返すことはできない。でも、身につけることもできない。灯里はそれを自分の部屋の、チェストの引き出しの奥の奥へ、そっと押しやった。
それからも勝哉は週に一度は若い板前の代わりにやってきては、灯里と少しでも会話をしようとする。
「お弁当の1品にと思って」
と味はプロ級、見た目は家庭料理風の煮物を渡してくれたり、
「秋の懐石コースの新作にと考えたんですけど」
とリツが認めるだけある絶品の1品2品を試食させ、感想を求めたりした。
しかし勝哉のそうした努力は、灯里にとって苦痛でしかない。やがて勝哉は、こう言うまでになった。
「俺は、灯里お嬢さんが好きです。でも女将さんは、灯里お嬢さんはまだ子供で許婚っていう意味が実感できてないって。いいです、ゆっくり時間をかけてください。俺、待ってますから」
灯里のぎこちない対応を、勝哉は幼さゆえの少女の恥じらいだと思っているようだった。いや、もしかしたら、そう思いたかったのかもしれない。
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