妄想ダイアリー「何歳まで生きたい?」

 登場人物 

  二千果 高校2年生(17歳)

  諒   高校2年生(17歳)

 

 日曜日の夕方は、夕陽が見えなければいけないと二千果はなぜだか信じていた。

 同級生の諒の安アパートからは、運が良ければ極上の夕陽が見えた。

 

 諒は両親がいない。

 だから死の話はタブーのはずなのに、思わず口にしてしまったのは極上の夕陽が見えなかったせいかもしれない。

 

「おじさんが、死んだの」

「へえ」

 諒の横顔には、とくに何の変化も見られなかった。

 だから二千果は続けた。

 

「すい臓癌だったの」

「ふうん」

 つまらなそうにゲームを続ける諒に、二千果はさらに聞く。

 

「ねぇ、諒。諒は何歳まで生きたい?」

 諒がゲーム機から顔をやっと上げた。

 そしてスマホで何やら調べ出した。

「厚生労働省によると、日本人の平均寿命は男が81.25歳、女が87.32歳…だってさ」

「へぇ。人生100年時代じゃなかったの?」

「この先、まだ伸びんだろ」

 

※厚生労働省「30年簡易生命表」より

「つまんない」

「なにが?」

「だって、この先まだ83年も生きるの?気が遠くなるよ」

 

 諒の安アパートの窓からは、あいにく夕陽は見えなかったが、小さな男の子と女の子を連れた夫婦の姿が見えた。

 買い物帰りらしい親子の姿に、二千果は自分の未来を重ねてみる。

 あんな風に生きていく?

 誰と?諒と?

 

「ねぇ、諒は平凡ってどう思う?」

「俺には手に入れられなかったもんだ」

「欲しい?」

 ふん、と顎を上げて諒は答えない。

 答えないことに、諒の答えがあるような気が二千果はした。

 

 ソンナノ ワカンネエヨ 

 イイモノナノカ  ソレホドデモナイノカ  タメシタコトガナイ。

 

※厚生労働省「30年簡易生命表」より

「お前はどうなんだよ?」

「なにが?」

「幾つまで生きたいんだよ」

「あんまり、長くなくていい」

「そうなのか?」

 

 17歳になった途端に、将来が見えなくなった。いや、見たくなくなった。

 自分が何者なのか、いったい何ができるのが、考えても考えてもわからない。

 昨日と今日と明日のことだけ考えて、笑っていた16年間が、はたりとそこで途絶えてしまった。

 

「ねぇ、諒はスーツ着てネクタイしめて満員電車に乗って、そういうサラリーマンになるの?」

「なんだよ、突然」

「なんとなく」

「なんとなく、聞くなよ」

 

 17歳になって、もう一つ変化したことがある。

 これまで素直に聞けていた、大人の「正論」が嫌いになったことだ。

「本音」はいい。でも「正論」はきれいな包装紙に包まれた、量産されたお菓子みたいだ。

 正しく甘くて、うんざりだ。

 

「俺さ。筋トレとボクシングはじめたんだ」

「なんで?」

 心底驚いて、二千果は諒の顔をまじまじと見た。

「強くなりたい」

「強く?」

「うん。俺のオヤジ、病弱だったんだ。母親は、独りで生きていく力がなかった」

「そう…なの?」

 

 いつだって確信を掴ませないやつだったのに。ううん、むしろふざけたヤツだってしょっちゅう思ってたのに。

 二千果は、諒の胸筋にそっと触れてみる。

 いつもと、変わんない…よ? たぶん。

 

「スーツだってネクタイだって満員電車だって、俺はへっちゃらだよ。だけど、だぶん、そこで終わんない」

「へぇ、強いね」

「いま、バカにしただろ」

「してないよ。…でも」

「なんだよ?」

 

 イチド シンデミタラ ワカルンダロウカ。 

 イノチノ タイセツサトカ ジンセイノ イミトカ。

 

「幾つまで生きたいっていうか、幾つまで生きれるのかもわかんないのにね」

 あはは、とあたしは笑った。

 自分の心の中の照れ隠しだ。

 

 諒が言ったのは、偶然だったと思う。

「なぁ。死んでみる?」

「え…」

 

 ノゾイタノ? アタシノ ココロンナカ。

 

「俺の尊敬するAV男優がさ、言ってたんだ。セックスは死に近いって」

 

 どこの尊敬するAV男優だよ。

 

「うん。死んでみる」

 

 そうしてあたしたちは、その日3回目の死と敬虔けいけんに向き合うことにした。

 人生なんて、そんなもの。 

 答えなんか、いつだって砂のように両手からこぼれ落ちていく。

 何度でも、何度でも、すくって砂上の楼閣を建ててやる。建て続けてやる。

 

 そうして、気持ちいい死を重ねながら、あたしは生きていく。

 

          -了-

 

 

※人生一発逆転?(*´▽`*)

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※痩せる人生?(*´з`)

 

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