妄想ダイアリー「哀しいほど○○」

哀しいほどお天気

哀しいほど幸せ

哀しいほどきれい

哀しいほど…

哀しいほど…

 

哀しいほどってつけると、次に続く言葉がなんだか

特別に見えるのはなぜだろう。

それが、最近の穂友里のすっきりと解けない疑問だ。

 

 

「哀しいほど…なんだよ」

放課後の教室で、独りノートに走り書きをしていた穂友里は、

ふいに後ろから声をかけられて、悔しいけど少し驚いた。

 

「…浅野」

クラスメートの男子だった。足は速いけど、女子の気持ちには

全く無頓着なスポーツ系男子。

 

「浅野なら、どう続ける?」

ちょっと意地悪な気分になって、そう聞いてみた。

さっき不覚にも驚いたのが、なんとなくしゃくだったから。

 

「哀しいほど…う~ん、哀しいほど腹減った」

ぷっ、らしい。

 

「バカじゃないの?」

「哀しいほどバカ」

「うん、そりゃ哀しいね」

「ひでぇな」

 

ちょっと、沈黙。

沈黙は苦手だ。

「「あのさ…」」

声が重なった。

「「な、なに?」」

また、だ。

 

「なんか、食ってく?」

え、誘ってる?

「お腹空いてない」

「…あ、そ…」

 

浅野がバツが悪そうに頭を掻いている、その指が長くてきれいだ。

こんな指に、髪をいてもらいたい、頬をなぞってもらいたい。

ときどき女子がこんな妄想をすることを、きっと大多数の男子は知らない。

 

哀しいほど、哀しいほど片思い。

 

「哀しいほど好き」

え?

「どうだ?今度はいいだろ?」

 

浅野…意外に策士?

 

「哀しいほどキスしたい」

「え」

浅野が固まってる。

当然。だって女子がこの瞬間に賭けたんだよ?

 

やがて、その長いきれいな指がのびてきて、穂友里の髪をく。

妄想は妄想でなくなって、教室の窓から見えるオレンジの夕陽が揺らぐ。

 

ふたりの歯がカチンと当たって、

初めてのキスは哀しいほど不器用。

「痛っ!」

「ご、ごめん」

ねえ、浅野。あたしいま、哀しいほど幸せなんだけど。

 

 

ー了ー

 

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