25時のすうぷ 第3話

第3話 くりくりヘアの懸案事項

 

 そうして、私は18歳になった。

 

 駅から大学のキャンパスまで、道の両側に桜並木が続く。この大学に入学することを決めたのは、この桜並木があるからだった。

 希望の学部があるからとか、自分のレベルに合っているからとか、留学生が多いからとか、そんな理由は二の次三の次で、私はたまたまその大学に推薦されるだけの運と優等生という先生方のちょっと勘違いな評価を、この並木道と過ごす4年間のために使った。

 

 桜の季節が過ぎたって、緑の並木道は相変わらず素敵だ。ただ一つの懸案事項を除いては、私の大学生生活はごくごく普通で、それなりに楽しいものになるはずだった。

 

「おはよう、と・お・る!」

 クラスで一番華やかな容姿をした中谷結花が、そう声をかけたのは山岸やまぎし透流とおる。クラスで№1、ううん、もしかしたら大学でもかなりの上位にランク付けされるであろうモテ男だ。

 そう、お察しの通り、私の妄想の中の〈すうぷ屋〉さんと、外見も酷似している。ちょっと茶色がかった天然ぽいくりくりヘア、それを女の子みたいに長めにしてるところまで何故か同じ。ただ少し違うのは長く濃いまつげの奥の瞳が、クールで寂しげなこと。そこがまた女子のツボらしく、いっつも女子達がまとわりついている。

 

 クラスでの第一取巻きはもちろん結花を中心とした、5人からなる華やか美女軍団。学食では同じスポーツサークルだとかのクールビューティ軍団が、まるでペットの子犬のごとく構いまくっている。体は細いけど、背の高さは大型犬並みだから、子犬とは違うか…。

 

 私の存在はクラスでも目立たない方だから、私が気にしなければ、それは何でもない日常の一コマだ。でも〈すうぷ屋〉さんを知っている者としては、山岸やまぎし優流すぐるさんとくりくりヘアの大型犬との関係が気になってしょうがない。

 

 あのとき、私が16歳のとき、20代後半に見えた〈すうぷ屋〉さん。いまはもう30代になっているかもしれない。

 とすると私と同い年のくりくりヘアの大型犬とは、一回りも年が違うことになる。年の離れた兄弟?従兄弟?いや、それにしては外見が似すぎている。私が妄想の中の人にしてしまった〈すうぷ屋〉さんは、現実だったんだろうか?それとも、やっぱりコインの裏の人?

 

 わからない、気になる、いや気にしちゃいけない、忘れよう。

 でもそう思えば思うほど、私の中では確かめてみたい気持ちがムクムクと湧き上がってきてしまうのだ。

 たいして夢や希望を持っていたわけではない大学生活だけど、それなりに期待してもいた。友人との楽しいキャンパスライフとか、自分の未来を描くための勉学とか、いましかできない時間の過ごし方とか、恋…とか。

 なのに毎日、くりくりヘアの大型犬を見るたびに、同じクラスだから嫌でも目にするたびに、なんだか落ち着かない気分になる。

 

 ともあれ、それ以外は平凡な春学期はなんなく過ぎて、夏休みになった。私はアルバイトをしたり、初めての海外旅行に友達と出かけたり、暑さで体調の悪いおばあちゃんに替わって家事をしたり、来年大学受験の弟、冬馬の勉強を見たりして過ごした。

 大学に行かないお陰で、くりくりヘアの大型犬のことはその間、頭の片隅のそのまた隅っこの方に押しやっていた。秋学期がはじまるまでは。

 

 暦の上では初秋の9月は、現実には真夏だ。

 4限目の授業を終えて、カフェでのアルバイトに向かうため急いでいた私は、講義のあった4階の大教室からダッシュで階段を下りていた。そして下の階から数人でふざけながら上がってきた男子達の一人に、まともにぶつかった。

 ぶつかる瞬間に、ヤバイと思って急ブレーキをかけたのと、体をひねってかわしたせいで正面衝突はまぬがれたけど、ブラウスの左胸の上部に、冷たい衝撃を感じた。

 

「あっ」

「あっ」

 私とその男子集団の一人が、ほぼ同時に声を上げた。

「あ~っ、ごめん!」

 続いて慌てた声を上げた声の主を見上げると、くりくりヘアの大型犬だった。

 私のブラウスには大型犬が持っていたソフトクリームの上の部分が、大型犬の手には上のクリームの部分を失ったコーンが握られている。

「くりくり…いや、大型犬、いやいや、山岸くん」

 咄嗟のことで、私はそう言っていた。

「く、くり?大型犬?」

 大型犬、いや山岸くんは、私の顔と胸の上のソフトクリームを交互に見ながら、不思議そうに疑問形を発した。

 やばい、ソコは知らんふりしとこ。

 

 それより問題は、これからバイトに行こうとする私のブラウスに、盛大についたソフトクリームだ。着替えに帰る時間的余裕はない。水で濡らしたハンカチで、応急処置するか。

「ごめん、水野さん。あ~、どうしよう」

 山岸くんが焦っている。私の名前、知ってたんだ。同じクラスでも話したことなかったから、むしろ意外だった。

 

「だいじょぶだから」

「いや、でも」

 山岸くんはポケットをゴソゴソしてハンカチを出すと、ブラウスについたソフトクリームを拭こうとして、あっと手を止めた。それが胸の上だと、やっと気がついたみたいだ。目と手が同時に泳いでいる。

「べ、弁償するから。洋服」

「いいです。洗えば取れるから」

「いや、でも」

「それに時間ないし。私、急いでるんで」

 私はそう言うと、まだ狼狽え気味の山岸くんと、助け舟を出し損ねて困っている彼の友人達を残して、バイトへ急いだ。

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