読切り小説「新妻日記」R15

 水嶋みずしま 五風ごふう 32歳 広告会社勤務

 水嶋みずしま 百々伽ももか 19歳 女子大生

 

 

「百々伽、おいで」

 旦那様がそう言います。

「…え、でも朝…」

「関係ないよ。だって、ほら」

「あ、おっきい」

 

 初めまして、皆さま。

 ベッドの中、正確には旦那様の腕の名から、おはようございます。

 あ、激しい。

 あ、スミマセン、どうぞよろしくお願いいたします。

 あたしの名前は水嶋百々伽、19歳です。

 1か月ほど前、愛する旦那様、水嶋五風さんと結婚しました。

 新妻です。

 旦那様は32歳、広告会社というところに勤めていて、CMプランナーと言うお仕事をしています。

 

 旦那様は背が高くて、そこそこ筋肉質で、目は細いけれど鼻筋は通ったイケメンです。そして何より、才能に満ち溢れています。

 出会いは、説明すると少し長くなります。

 あたしの通う大学のサークルの先輩が、旦那様の会社のリサーチ部門で働いていて、あたしたち後輩はよくアルバイトをいただいていました。

 ある日、あたしたちがアルバイトしている部屋に、ひょっこり現れたのが先輩と仲のいい旦那様でした。

 それから3日後くらいに、あたしは先輩からイベントのお手伝いをするように言われました。そのイベント・チームにいた一人が旦那様でした。

 それからいろいろなイベントのお手伝いに呼ばれることが多くなって、あれがこうしてそれがいろいろして、何だかんだ諸々もろもろそうなって、あっという間にこうなりました。

 現在、新妻です。妊娠はしていません。

 

 

 今日も朝から元気イッパツの旦那様は、遅刻ギリギリの時間に出勤されていきました。

 いってらっしゃい、旦那様。

 さて、旦那様を送り出したら、あたしも大学に行く準備です。

 はい。あたしは新妻ですが、女子大生でもあります。

 勉強は、きちんといたします。

 

 父は別の大学の教授、母は翻訳家、比較的厳しい家庭で育ちました。

 中学高校は女子校だったため、我ながら真面目で親の言うことをちゃんと聞く素直なむすめだったと思います。

 大学はうっかり共学にしてしまい、6年ぶりにキャンパスに男性が居るのを目にしたときは、軽いめまいを覚えました。

 違う世界に来たようです、いえ、もはや別世界です。異次元です。

 …すみません、思い出して取り乱してしまいました。

 よく、真面目で奥手な不思議ちゃん、と言われます。

 

 

 そんなあたしが、なぜ19歳、女子大生でありながら結婚したかと言うとそれはひとえに旦那様の溢れ出る、光り輝く才能のおかげです。

 旦那様はそのたぐいまれなる才能と突出した個性で、大学時代から良くも悪くも目立っていたそうです。

 そんな旦那様の大学で、教鞭をとっていたのがあたしの父です。

 旦那様が初めてウチにご挨拶に来たとき、父の最初の言葉は

「っ!お前かっ…」

 でした。

 旦那様はそんな父ににこやかに耳打ちされ、心なしか顔を赤くした父が交際を認めたのは5分後でした。

 本当に、旦那様は才能と行動力に満ち溢れた素晴らしい人なのです。

 

 

 あれよあれよという間に、あれがこうしてそれがああなって、バタバタわらわら、え~そんなっという事態が起こり続け、旦那様と結婚式を挙げたとき、あたしはまだ処女でした。

 初夜は、それはもう怖くて痛くて訳がわかりませんでした。

 でもいっぱいいっぱいのあたしに、旦那様が優しく言ってくれました。

「大丈夫だよ。俺、いっぱい勉強してるし、研究してるし、上手だと思うよ。服の上から女の子を見ただけで、このは具合がいいか悪いかわかるくらいだもん。プロ級のいや、天才肌のスペシャリストと言っても過言ではない」

 凄い、旦那様。

 天才だったんだ。

 そんな旦那様についていけるよう、よろこんでもらえるよう、あたしもこれから頑張って勉強しなければと心に固く誓った夜でした。

 

 初心、忘れず。

 今日は大学から帰ったら、夕食の準備をする前に、最近ネットで見つけた「女子が本当にしたい○ッチ動画」というので研究を深めたいと思います。

 それとも旦那様が買ってくれたグッズで、感度を上げる努力をした方がいいかしら。

 授業の合間に考えます。

 

 

 

 大学に行くと、友達に「最近、綺麗になったね」と言われます。

 ありがとう、旦那様のおかげです。

「あの娘、人妻なんだって」

 と興味津々のぶしつけな目で見られることもあります。

 そんな男子の視線にも、大学入学時よりはだいぶ慣れました。

 むしろ旦那様の妻だってことを、世界の片隅から叫びたいくらいです。

「今日、帰りに渋谷で買い物しない?」

 ごめんなさい、夕食の支度と研究にいそしむ予定です。

「なに、新しい靴?可愛いじゃん」

 はい。旦那様が買ってくれました。お口でのが上手になったご褒美だそうです。靴を買ってもらえたよりも、褒められたことの方が100倍嬉かったです。

 

 

 

 旦那様が2泊3日の出張だというので、実家に帰りました。

 夕食は本マグロのお刺身と、お手伝いの岸さんが腕を振るった和食のコースです。

 岸さんのお料理は子供の頃から慣れ親しんだ、ほっとする味です。

 旦那様と結婚してからは、積極的にお手伝いをしながら、お料理を教えてもらっています。三枚おろしもできるようになりました。

「百々伽お嬢さんは、昔からマグロがお好きでしたよねえ」

 と岸さんに言われて、少しドギマギしてしまったのは内緒です。

 いまは、マグロは嫌いです。旦那様のために、日々研鑽を積んでいます。

 48手というもののうちの、6つができるようになりました。

 旦那様のおかげです。旦那様、本当に素敵すぎます。

 

 

 

 ある日、旦那様からこう言われました。

「チームのみんなさぁ、百々伽に会いたがってんだぁ。週末、ウチに呼んでいい?」

 さぁ、大変です。

 ホームパーティーと言うものでしょうか。これは、旦那様のために失敗するわけにはいきません。全身全霊で、旦那様のチームの皆さんを、おもてなししなければなりません。

 その週は、大学の帰り毎日実家へ寄って、岸さんにお料理の特訓を受けました。

 岸さんの得意は日本料理ですが、そこはベテラン、パーティ受けするお料理のメニューも一緒に考えてくれました。

「めんどくさかったら、ケータリングでいいよ?」

 旦那様はそう言ってくれましたが、そうはいきません。愛する旦那様のため、百々伽19歳、新妻女子大生がんばりますっ。

 

 

「あのさぁ、ウチのチームの連中、わりとあけすけだから。なに言われても、聞かれても気にすんな」

 あけすけ、とはなんでしょう?

 いえ、意味はわかります。包み隠さず、遠慮がないということです。つまり正直で気持ちにいい方たち、と言うことでしょうか?

 

「百々伽はさぁ、人妻になったとはいえ、ベッドの中ではだいぶ大胆になったとはいえ、まだまだ根本は初心うぶだからなぁ」

 初心…それはまだまだ成長が、修行が足りないということでしょうか。 

 がんばっているのに、と思うとなんだか涙がにじみます。

「あ、あああぁ。泣かなくていいから、ったく可愛いなぁ。またすぐに、ヤリたくなっちゃうじゃんか」

 ごめんなさい。

 あたしは慌てて、涙を旦那様のバスローブの袖で拭きました。

 そう、ふたりしてシャワーを浴びたばかりです。

 

 

 でも、大丈夫。

 旦那様が「とっておきの秘策」というのを教えてくれました。

 つまり、想定問答というヤツです。

 旦那様は本当に天才なのだと思いました。たぐいまれな才能が溢れ出る、輝きに満ちた人なのです。

 

 

 

 ホームパーティーの日がやってきました。

 お料理は完璧です。前日に、岸さんが来てくれて、ある程度のところまで手伝ってくれました。後は温めたり、焼いたり、盛りつけて並べたりするだけです。

 飲み物は、旦那様が用意してくれました。

「あいつらも、適当に持ってくるからさ」

 だそうです。

 男性三人と、女性一人のお客様がいらっしゃいました。

「可愛いなぁ、19歳だって?」

 男性のうちの一人がそう言うと、もう一人の男性も続けます。

「こんな可愛かったら、毎晩大変だろ?」

 旦那様が答えます。

「ばかか。毎晩、じゃなくて朝晩、だよ」

 それに対して、3人目の男性が言います。

「奥さん、いや、百々伽ちゃんだっけ?こいつ、しつこくない?いや、ねちっこいだろ?」

 きた!

「はいっ。でも誠心誠意、受けて立つまでですっ!」

 ぶっ、と男性の一人がビールを吹きました。

 汚いので、慌ててティッシュの箱を渡します。

「お、素早い。慣れてんねぇ、毎日練習してんの?」

 きた!

「はいっ。この間、旦那様から茶帯をいただきましたっ」

 女性が大笑いしています。

 成功だろうか、失敗だろうか、旦那様の顔をそっとうかがうと、大きくうなずいてくれました。

 

 今度は、女性からです。

「19歳でしょ?女子大生から見たら、32なんておっさんじゃない?一回り以上も違うんだから」

 きた!

「はいっ。お陰様で、同年代からは得られない貴重な体験をさせてもらっています」

 女性が今度は、ぷぷぷ、と笑います。

「貴重な体験、ときたか。ねぇ、百々伽ちゃん、知ってんの?こいつ、相当な遊び人だったんだよ?」

 きた!

「はい。旦那様は、プロ級のスペシャリストだって言いました。そうでないと、初めてはもっと痛いそうです。感謝しています」

 お客様たちが、目を合わせ出しました。

 旦那様は涼しい顔で、ジントニックを飲んでいます。クールな横顔が、とてもセクシーです。

 

 

 とうとう、一人の男性が呆れ顔で言いました。

「お前さぁ、よくここまで調教したなぁ」

「あん?何言ってんだ、これくらいで。百々伽は勉強熱心なんだ。まだまだ一緒に研究し続けるんだよなぁ、百々伽?」

「はいっ、がんばりますっ!」

 旦那様が頭を撫でてくれました。最高です、最高のホームパーティーです。

 

 女性が、つまらなさそうにこう聞いてきました。

「ねぇ、こんなヤツのどこがいいの?」

 おっと、想定外です!

 

 

 全部です、は違う気がする。

 いや、全部好きなのは本当なんだけど、旦那様はきっとそんな平凡な答えは求めていない…はず。

 百々伽、19歳、新妻女子大生は考えました。これまでのどんな試験問題よりも難しく、必死で考えました。

 

 うん、これだ!

「それは、旦那様と裸のつきあいをしてみなければ、わからないと思いますよ?」

 一瞬、沈黙があって、あたしは失敗したかと怖くなって、目をつむりました。

 そして、次の瞬間。

 旦那様の、大爆笑の声が聞こえました。ひーひー、笑っています。

 

 やった!…のか?

 水嶋百々伽、19歳。

 新妻の女子大生は、もうすぐハタチになります。

 これからも、才能溢れる素敵な旦那様を誠心誠意、ひーひー言わせたいと思います。

 

 

              -了-

 

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